博物館のボランティア





たのうえです。

半分はお仕事、半分は自分自身のふりかえりのお話です。

今、博物館業界に喰わせてもらっています。
学生当時、自分は何になると思っていたか…。
好きなことをずっとしていたいと思っていたかなぁ。

それが何か調べることであり、その中に学芸員という選択肢や、大学教員などの研究職などに変わっていったのかなぁ。
何かを究めるということに憧れを持っていました。
好きを究めて何かにしたい、そんな漠然とした考えを持っていました。

何かを究めることに憧れを持っていたから、職人さんの「わざ」に関心を持っていたし、職人さん自体に憧れを持っていました。

それが、大学生の時、ボランティアをはじめたきっかけ。
学芸員の免許をとろうと、ガイダンスに出たとき、埼玉県立民俗文化センターの方が学生ボランティアの募集に来ていて、わざの博物館に惹かれ、気が付けば、狭山市から岩槻市まで毎週のように通っていました。

当時何をやっていたかというと、教育普及事業のお手伝いや、芸能公演、工芸実演のお手伝いなどなど。
コバトンの着ぐるみ着たり、駐車場係やったり、大道具の真似事やったり、とにかくいろいろやっていました。

この頃は、博物館におけるボランティアは、こうあるべきだ、みたいな、凝り固まった考えはなかったと思います。
ボランティアが制度化されたであろう頃より少し前の話です。

このあと、民俗文化センターが、県立博物館に吸収され無くなった時、ボランティアも制度が出来上っていったのを覚えています。
下の写真のような博物館が閉館する際にも、幸か不幸か立ち会うことになりました。

一応、民文(民俗文化センター)は年に1度、講習みたいなことがありましたが、藍の型染めだったり、おもしろいものでした。来る学生さんに来続けてもらおうというスタンスだったと思います。

それが、県博(県立博物館)に吸収されると、急に、ボランティア向けの講習を、となり、すべての体験に関して、あるいは展示に対してと体系立っていきました。

そうなったときに、県博から「ボランティアを続けませんか」という話がありました。ただそれは、やはり講習を受けないといけないらしい。
馬鹿らしくて止めてしまいました。

なんで、毎週通って、ほぼ手順などマスターしているのに、またイチから始めないといけないの?
これまで、通ってきたことが、無くなってしまうようで、どうしても合併後の県博とは距離をおくようになりました。

その後、ボランティアは学生ボランティア中心からシニアボランティア中心へと変わり、体験の補佐に加え、ガイドが入ってきました。
ですが、駐車場係や、コバトン来たり、大道具やるようなことは…無くなった(少なくなった)と記憶しています。
(ホントはこの経緯と功罪をきちんとまとめて文章にしておけばいいのですが)

私がボランティアをしていたとき、学生ボランティアは、職員と来館者の方の中間であって欲しい、そう言われたのを覚えています。
ときに職員であり、ときに来館者であり(これはどちらでもない、とも言えますが)。

そんな時分に読んだ本の一つ(広告です)。

このどちらでもなさがあったからこそ、当時は楽しかったんです。
これが、インターンのようであったり、または利用者の会みたいであったりしたら、馴染まなかったと思います。
モラトリアムの時に、来館者と職員の相互を行き来できる寛容性があったから、そこに居心地の良さを覚え、その時得た快感が今日、仕事に選ぶまでに至っているのだと思います。

さて、写真です。
これは、八潮の職人さんのところに伺った際に撮った一枚。
注染で染めた布を干しているところです。
寛容さ、大雑把なところがありながら、そこに入っていくと、こういうプロの仕事、職人の「技」が見られるという懐の深さがあったこと、それが私にとって博物館ボランティアの魅力でした。

今のご時世。。
カリキュラム化、パッケージ化されたボランティアが盛りだくさんです。
それだけボランティアが成熟したといえるのかもしれませんが、ボランティアに関わりやすくなった反面、やれることが制限(限定)されてしまったのでは、と懸念しています。
やはり、選択肢があり、自分の意思で選び、動くことにボランティアの基本があるのだとしたら、そこに多少の入り込むまでの期間などが生じたとしても、ゆるやかな、自由で楽しい、それでいて博物館の専門性の奥深さを味わえる、そういう形も残されていいものだと思います。

目的別、目標設定型、カリキュラム化、パッケージ化されたボランティアと併存して、何でもやってみよう、楽しんでやってみようというような自発性に期待するボランティアの形も、残されてもいいような気が私はします。

翻って今のお仕事。

資料館で、ボランティアの方と仕事をすることが多々あります。
今日もでしたが、どうしても仕事や、やることが重なってくると、やることに精一杯になっちゃう。楽しむ余地が無くなっちゃうんですね。
それだったら、そこまで一度毎に突き詰めるのではなく、毎回、楽しくやることを第一にして、寄り道、後退多少は気にせず、続けられる範囲で続けていくことが大切なのではと感じています。

職員である私は、どうしてもボランティアの方と活動するときに、目標、期待を持ってしまう。それは信頼しているから、とも言えますが、善意の程度を設定するという点では強引さがあるとも言えます。

もちろん、私はお金貰い働いているのですから、プロとして、ある程度まではやらなきゃならない仕事がある。
でも、これはあくまで、私の話であって、そこにボランティアさんを巻き込んで、ましてや、そのやらなきゃならない仕事を目標にするなどというのは、以ての外、私はそう考えます。
それをしたなら、自分がかつて、ボランティアをやめるきっかけになった、制度化、カリキュラム化に通じるボランティアのあり方を再現することになってしまう、そう思っています。
ですので、自分が学芸員を続けて、ボランティアさんと関わる限りは、こちらの都合の良いボランティアをお願いするのでなく、あくまでも、ボランティアさん達が楽しんで自ら参加したくなるボランティアにしていかなきゃ、と思います。

ボランティアさんが楽しく自己実現できるものでなければ、そのボランティアは続かない。仲間が欲しければ、まずは楽しい様子を見てもらう。
そんな感じでいきたいと思います。

長くなりました。
おしまい。

参考 ブログ・サイト等
文化ボランティアネットワーク

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