痴情での縁の切れ目





企画展も終了し、とある方の話し相手になっていました。
話相手…というよりはメル友って言った方が近いのかな。ほぼメールでのやりとりです。ま、それが環境の変化によりやりとりが途絶えました。

私の場合、特に異性の方の話相手をしているときは、たいがいやりとりが途絶えます。タイミングはそれぞれですが、そのあと皆さんが元気になっていっているのは安心しているところ。

…ま、有り体に言えば、危険性のない、シェルターとしての扱いを受けているってことかな、と思います。

とはいっても、シェルター、山小屋みたいな人間にも人の心はあります。
まして、やりとりを密にすると、情が湧いてくる。
そこからお付き合いしたこともありますが…、それがいいのか、悪いのかは正直今も分かりません。
ただ、基本スタンス、というか、私の中のパターンとしては、御相手の方が元気になっていって、一段落したところでやりとりが途絶える。
そして、後日談で幸せになったことを聴く、これが一つのあり方になっています。

…若いときは、同時に何人かの人と一緒に悩んでいた時期もありましたが、今はメンタルが弱ったのか、一度に一人が限界。しかも、私の場合相手にもそれを求めるところがあります。他の情報が入ると終わりまでかえって長くなる気がするのと、相手が幸せになっていくことに対しての嫉妬ですね。ひ弱になったな、と思います。

で、今回も、2,3年ぶりにそうしたやりとりがあって、無事(?)途切れたわけですが、やっぱり寄る年波には…受けるダメージが年々大きくなっていっていますよね。

ここらは大学で教育しながら研究も進めて行っている先生方スゴイと思います。私なんかまだ30代後半だけど、堪えるもん。

で、そんなときに聴く歌があります。この歌ホントに好きで普段なんと無しに口ずさむのですが、一緒にいる人には、嫌な顔されることが多かったり。

1)「他人のままで」作詞 北山修

この歌、別れがあった後に聴くと更に身に沁みるんです(笑。
自分がどう思っていたとしても、相手からしたら、第三者からみたら、結局「他人のまま」じゃん、っていうマイナス×マイナスで、プラスになる感じ。ちょっと自分を客観視できるというか。別れのあとの状況を言葉で紡いでいる、そういう意味で、別離の後のシーンを描いている点で、結果その別離を受け入れられる曲なんじゃないか、と私は思っています。

そしてもう一曲。
2)生きるものの歌(YouTubeでは4:00~です)

これは間奏の間のメッセージが、当たり前なんだけど、凹んでいるときに聴くと、沁みます。

「もし世界が平和に満ちていても悲しみは襲ってくる
殺されなくても人は死に 誰もがいつか別れていく 
世界が平和でも悲しい夜は来る
誰もが耐えて生きていく
思い出と歌があなたを支えていくだろう」
(永六輔「生きるものの歌」歌詞より)

…あとは、私、多病息災な人間なもので、かかりつけ医に愚痴こぼしたり、看護婦さんに愚痴こぼしたり、寝逃げに走ったりといろいろです。
その中でも、比較的よく使う(聴く)歌のことの紹介と、歌聞きたくなるようなことがあったということを、自分史の中で綴っておこうと思い、書いた次第です。

コメントを残す